令和5年X月XY日
彼は廊下で寝ていた。凍える寒さが目覚ましとなり彼は起き上がった。
毛布一枚、敷布団もなくミノムシのように毛布を包んで寝ていた。
彼には部屋がなかった。自分の部屋がなかった。
別に部屋はたくさんあった、が仕方なく彼は廊下で寝ることになった。
この生活を彼は10年続けている。
冷え切って思うように動かせない手足で、震えながら彼はリビングに行き、ソファーの下に隠してあった金槌を拾い、背中に隠すようにズボンに挟んだ。
皮膚と金槌の金属部分が触れ合う。金属の冷たさは不思議と心地よいものだった。
リビングの奥のバルコニーに行き、暁の空を空虚に見つめた。
日はまだ東の果てにある。東の空は柑子色の空だった。
彼は思い立ったように彼が寝ている寝室へ行き、ベッドで横たわっている彼の頭上めがけて強く握りしめた金槌を振り下ろした。一撃だった。鈍い衝突音、ひび割れた音、軋む音。
彼はリビングにまた戻った。
テレビをつけた。朝のニュース番組はネガティブだ。辟易する。
昨日の夜に彼がつまみにしていた鳥の照り焼きをつまみ食いした。美味い。
少しの間テレビを見た。つまらない。
そしてまた立ち上がり、寝室へ向かった。
ベッドの上に跨り被害者に心肺蘇生術を施した。
自動車教習所で習ったはずが思うようにいかない。諦めて救急車を呼ぶことにした。
電話をかけた。オペレーターにつながる。その声を聞いて彼は安堵し無言で電話を切った。
そして彼は寝室の床に、自分のかかりつけの病院の診察券を置いた。
そして彼は玄関へ行き、外へ出た。
…
その後、すぐに警察がやってきた。彼は逮捕された。
子供の頃に両親から身体的な虐待を受けていた者は、気づかれないようにその場に居るすべを身につける。
人目につかないことは虐待を受ける子供にとって救済でもあり、呪いでもある。
見られたいと同時に見られたくないという願いは、虐待的関係に典型的に見られる両極的な態度を育む。
簡単に見つかる場所に隠れるのが習慣だった。
彼はわざと自分の証拠を現場に残し去っていったのだ。たとえ死刑になろうが見つけられることで、心が落ち着くのだ。