いなりマーケットでは美術品が一日一回のみ購入できる。
その中には贋作も含まれているので、本物かどうか見極めなければならない。
本物でなければ博物館に寄贈できないからだ。
しかし、贋作が本物に劣るという道理はあるのだろうか?
今回、見極める上で観察力を鍛えるために、エイミー・E・ハーマンの「名画読解」という本から引用させてもらう。
第1章
フィラデルフィア市内にあるホテルの一室でシャワーを浴びようとしたデレック・カヨンゴは、あるものに目を留めた。出張や休暇でホテルを利用する何百万もの人が見過ごしてきたものーーーそれは石鹸ホルダーに置かれた小さな石鹸だ。どうしてだろう、とカヨンゴは思った。昨日の晩に使った、角が取れた緑の石鹸の代わりに、石鹸箱が置かれていたからだ。
箱から出てきたのは、真新しい石鹸。
カヨンゴは子供の時、イディ・アミン元大統領の血塗られた独裁政治から逃れようと、一家で祖国ウガンダを脱出した経験を持つ。
先日、アメリカの大学を卒業したばかりで、今も経済的な余裕などない。
シャワーを止めたカヨンゴは、服を着て、真新しい石鹸を手に、ホテルのフロントへ向かった。
「これは別料金ですか?別料金ならお返しします。まだ使っていませんし、新しい石鹸は必要ありませんから」
「いえいえ、ご心配なく。無料サービスです」
フロント係が答えた。
「そうですか。昨日、チェックインした後で封を切った石鹸があったのですが、あれはどうなったのでしょう?」
「客室の石鹸は、毎日、新しいものに取り返しております。もちろん無料で」
カヨンゴは衝撃を受けた。全客室の石鹸を、毎日のように交換する? どこのホテルでも脳なのか? アメリカの中で?
「古い石鹸はどうするのですか?」
カヨンゴはさらに尋ねた。子供時代を過ごしたアフリカの難民キャンプでは、ちびた石鹸を大事に、大事に使っていた。それに比べて昨日の石鹸はまだ充分大きかった。一度使ったとはいえ、ほぼ新品だった。
「清掃係が処分します」フロント係はそう言って、肩をすくめた。
「処分?」
「ゴミ箱に捨てるのです」
後日、カヨンゴは次のように語った。
「僕は別に数字に強い方ではありませんが、毎日のように石鹸を交換するのがアメリカのホテルの半数だったとしても、ものすごい量だってことはわかりました。まだ使える石鹸が、何億個も捨てられているのです。そのことが頭から離れませんでした」
カヨンゴはアフリカに電話して、かつて石鹸作りを仕事にしていた父にこの発見を教えた。
「アメリカ人には、石鹸を使い捨てるだけの余裕があるということさ」
と父は言った。
しかしカヨンゴにとって、そんな無駄はこの世の誰にも許されるものではなかった。
毎年、200万人以上が下痢性疾患で命を落とす現実ーーーしかもそのほとんどは幼児だという現実を、知っていたからだ。
石鹸で手を洗えば予防できる。ところがアフリカではその石鹸ですら買えない人が大勢いる。
一方のアメリカでは、一度使った石鹸を捨ててしまう。
自分にとって新天地であるアメリカのゴミを、祖国のために役立てることはできないだろうか。カヨンゴは行動を起こすことにした。
アトランタに戻ったカヨンゴは、地元のホテルをまわって、使用済みの石鹸を引き取らせてもらえないかと交渉した
「最初は、いかれたやつだと思われましたよ」受話器の向こうから、笑いを含んだカヨンゴの声が響いた。
「そんなものどうするつもりだ。不衛生だって言われました。確かにそうだけど、だったら綺麗にすればいい。石鹸を洗うんです」
カヨンゴはリサイクル施設を見つけて、ホテルから貰った石鹸の表面を削り、残りを溶かして殺菌した。
グローバル・ソープ・プロジェクトの誕生だ。
これまでに百トンの使用済み石鹸をリサイクルした。命を救うという使命を託された石鹸は衛生教育とともに、四大陸、32カ国の人々に届けられた。この業績が認められ、2011年、カヨンゴはCNNが選ぶ『ヒーロー』に名を連ねた。
一昔前の映画のヒーローと違って、今は腕っぷしが強くなくても、俊足でなくても、ハンサムでなくても、世界を変えることができる。天才だったり、金持ちだったり、強運の持ち主でなくても構わない。ビル・ゲイツやリチャード・ブランソン、オプラ・ウィンフリーそしてデレック・カヨンゴといった現代の成功者を見れば、偉業を成し遂げるのに、見た目の良さや、学歴や、職業や、社会的地位や住んでる場所など関係ないことがわかる。
社会で活躍するためには、ものの見方を知ってさえいればいいのである。
大事なのは、人と違うところに目をつけ、また本来あるべきものがかけていることに気づくことだ。それができれば好機をつかみ、解決法を発見し、警告に注意を払い、近道を見つけ、現状打開の糸口をつかみ、勝利をものにすることができる。
大事な情報を見逃さずに済む。
たとえあなたが雑誌の表紙を飾るような成功を望んでいなかったとしても、研ぎ澄まされた観察力は、事の大小を問わず、人生のあらゆる場面で役に立つ。
偉大な発見は往々にして、すでにあるものから生まれる。
山歩きが好きなスイス人のジョルジュ・デ・メストラルは草の実がくっついた靴下を見て、面ファスナーのアイデアを思いついた。
スティーブ・ジョブスは言う
「クリエイティブな人たちは、どうやって成功したのかと質問されると後ろめたい気分になる。別に大したことをしたわけではない。日常の些細なことに目を留めただけなのだ」
レオナルド・ダ・ヴィンチが数々の偉業を残したのも観察力のおかげだ。
「大事なのはものの見方を知ること」という言葉を残している。
見るなんて簡単だ、とあなたは思うかもしれない。
神経生物学的に解き明かすと、見るためにはまぶたを開ける以上のプロセスが必要だ。